ゲルダ・タロー

ゲルダ・タローはドイツ生まれの写真家ですが、日本ではほとんど知られていない人物ではないでしょうか。

近年、日本でも写真展が開かれ彼女の存在を知る方も増えています。

26歳に死を迎えたゲルダ・タロー、一体どんな人物だったでしょうか?

ゲルダ・タローの生い立ち

ゲルダ・タローの生い立ち

ゲルダ・タローがグーグルロゴに採用

ゲルダ・タローはユダヤ系のポーランド人で一般的な家庭で生まれました。

その後、スイスにある学校に通っていたが、ナチスの登場により家族全員はドイツに引っ越すことになります。

しかし、ナチスに反対していたゲルダ・タローは左翼に入り、様々な活動をするが、数年後兄妹が反ナチスの容疑で逮捕されてしまいます。

釈放されたのは彼女一人だけで残りの家族はみんなドイツから追い出されてしまいます。

その後、家族はみんなバラバラになり、二度と家族みんなが再会することはなかったそうです。

1934年、パリへ引っ越したゲルダはハンガリー出身の写真家であるアンドレに出会い、助手をしながら写真の撮影技術などを学ぶことになります。

ロバート・キャパ

世界的写真家であるロバート・キャパ

それから2年後、報道写真家の資格を手に入れた彼女は写真家のアンドレとある計画を立てることになります。

その計画とは偽名をつかって写真を売ること。

それには理由があって、つかっていた名前が「ロバート・キャパ」だったんですがアメリカ人としての架空の人物だったんです。

そうすることでアメリカではより良い収入を得られるという狙いがあったためです。

しかし、この計画はそんなに長く続かなかったのですが、アンドレはそのままずっと「ロバート・キャパ」の名前を使い続けていたそうです。

その時に彼女が名前として選んだのが「タロー」という名前だったのですが、なんか日本人ぽくありませんか?

次はその理由について説明しましょう。

ゲルダ・タローの名前の由来

ゲルダ・タローの本名は「ゲルタ・ポホリレ」。

なぜゲルダは名前としてタローを選んだのか?

それに関わる人物がこちら。

ゲルダ・タローの名前の由来

画家である岡本太郎

だれかお判りですか?

実は画家である岡本太郎さんのネームからとったと言われています。

ゲルタ・ポホリレは岡本太郎さんが友人たちからタローと呼ばれていたことが耳に残っていたを覚えて「ゲルダ・タロー」と改名したと言われてます。

ゲルダ・タローへと改名と突然の死

ゲルダ・タローの画像

改名して数年後、彼女は突然の事故によってお亡くなりになります。

その事故の原因は自動車と戦車の衝突。

当時、共和国軍が撤退することとなり、都市は大混乱の中、ゲルダ・タローが乗っていた車が戦車とぶつかってしまったのです。

車から落ちた彼女はそのまま、戦車にひかれて病院に搬送されるが状態がかなりひどかったので痛みを和らげるクスリが与えられ、そのまま戻らぬ人となってしまったのです。

それを聞いた岡本太郎さんはすごく大きな衝撃を受けたと言います。

最後にゲルダ・タローが残した数枚の写真がこちら

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