マリア・ライヘはナスカの地上絵の研究で知られており、地上絵を愛して、死ぬ直前まで研究を続けてきた考古学者。

本日はそんなマリア・ライヘの生い立ち、そして彼女が一生をかけて研究をつづけたナスカの地上絵のミステリーについてご紹介したいと思います。

マリア・ライヘはどんな人物だったのか?

マリア・ライヘはどんな人物だったのか?

ナスカ平原の奇跡のような作品を研究し、それらの絵を守るために一生を捧げた女性。

1903年、ドイツで生まれた彼女は29歳の時にペルーに渡ります。

ペルーに渡ったマリア・ライヘはドイツ領事の子供たちの家庭教師として働きました。

その後、1940年にはアメリカの考古学者の助手を務め、初めてナスカの地上絵を発見します。

ナスカの地上絵の魅力に惹かれたマリア・ライヘは好奇心と義務感によって自分の人生を地上絵に捧げることにしたのです。

1998年に彼女はなくなる直前まで50年の間、ほとんど毎日地上絵の仕事をしてきており、どのように描かれたかをそのミステリーなどを知るための記録を続けてきたのです。

マリア・ライヘはパーキンソン病を患っていましたが、病魔と闘いながらも最後の最後までまで研究を継続しました。

彼女が何十年も続いてきたナスカの地上絵研究。

あれほど時間がかかったことを考えるとその大きさは想像を絶するほど。

それではマリア・ライヘが一生をささげたナスカの地上絵は一体どれほどの大きさだったのか

そして、どんな地上絵が存在しているのか。

ナスカの地上絵の大きさと種類について

マリア・ライヘの生い立ちとナスカの地上絵のミステリー

ナスカの地上絵の大きさは絵一つの大きさが小さいので100m。

大きい絵だと300mにもなります。

さらに直線になっている絵だと8kmにも及びます。

このような絵を「ナスカライン」というらしいですが、「ナスカライン」の地上面積は全部でなんと1,300平方キロメートルあるそうですよ。

ナスカラインの中でもっとも有名なのは、長いくちばしを持った鳥が羽を広げている姿です。

その絵がこちら。

ナスカの地上絵が表現したはハチドリ、クジラ、猿、蜘蛛、犬、木、ペリカンなど動物を表現したのが30個。

直線、三角形、台形、渦などの模様が200個以上もあります。

では一体誰がいつどうやってこの巨大な地上絵を書いたのか?

ナスカの地上絵は一体どうやってできたのか?

マリア・ライヘによるとナスカの地上絵はBC200からAD600年ごろに描かれていたと推定しています。

巨大な絵の書き方については杭にひもを繋げて直線を描き、コンパス方式で曲線や円を描いていたのではないかと見られているようです。

ナスカの地上絵の説について

ナスカの地上絵の説について

ナスカの地上絵の説についていくつかご紹介したいと思います。

まず、一つ目の説は神様に見せるために描いたという説。

地上にいる人間はその全体図に絶対に気づかないと思うので人間ではなくほかの存在に見せるために描いたということです。

二つ目の説は宇宙人説。

宇宙人がUFOに乗ってきて着陸時に使うために描いたという説もありましたね。

地上では絶対に見ることができないナスカの地上絵。

続いては地上絵をみる方法についてご説明します。

ナスカの地上絵が楽しめる展望台

ハイウェイの隣には高さ20mのナスカ展望台が作られています。

この展望台はマリア・ライヘが自分の財産で作ったものでこの展望台に上ると70mほどの木の絵と50mの大きさの手の絵を見ることができます。

ナスカの地上絵が楽しめる飛行機

ナスカの地上絵が楽しめる飛行機

膨大な規模を誇るナスカ地上絵を一目で鑑賞するには、軽飛行機を乗ることが一番良い方法に違いないでしょう。

30分弱飛行する軽飛行機ツアーは機長と副機長2人と乗客2、4、6人を搭載することができる小さな飛行機がナスカ平原の空の上を飛び、地上に描かれているナスカ地上絵を鑑賞することができます。

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