マヤ・アンジェロウさんを称えて本日のグーグルロゴが変わりました。

その人物は黒人女性のおばあちゃんですが、アメリカでもっとも影響力のある黒人女性トップ5に入るくらいの凄い人物ということがわかりました。

というわけで本日はGoogleが称えているマヤ・アンジェロウさんについて生い立ちや生涯、名言など紹介したいと思います。

マヤ・アンジェロウはどんな人物?

マヤ・アンジェロウ(Marguerite Annie Johnson、1928~2014)はアメリカの詩人であり、歌手、女優、小説家でもあります。

アメリカにはとっても有名な黒人女性が何人もいます。

まずはノーブル文学賞を受賞したトニ・モリスン、そしてアメリカの司会者兼プロデューサーとしても有名なオプラ・ウィンフリーがその代表的な人物です。

マヤ・アンジェロウは今紹介した二人の黒人女性と共に、アメリカで最も影響力のある黒人女性の一人として称されているのです。

マヤ・アンジェロウの生い立ちや生涯について

1928年米セントルイスで生まれたマヤ・アンジェロウ。

幸せな日々は長続きせず、親の離婚が原因で祖母のもとへ。

その時の年齢はたったの三才。

幼い頃に祖母と一緒に暮らすことになったマヤ・アンジェロウだが、暮らす場所はかなり人種差別がひどい所として有名な地域でした。

祖母と暮らしていた頃、マヤ・アンジェロウにはとある衝撃的な出来ことが起こってしまいます。

幼い頃、母親の彼氏に性的な行為をされてしまったのです。

大きな心の傷を負ったマヤ・アンジェロウは精神的な衝撃が大きすぎて数年間も沈黙の時間を過ごしたこともありました。

10代の時には、サンフランシスコ初の黒人女性電車の車掌になり、高校在学中には16歳にしてシングルマザーになりました。

その後、マヤ・アンジェロウはウェートレス、ダンサー、歌手として一生懸命に働き息子を一人で育て上げました。

音楽と文学に対する情熱で、彼女はすぐに舞台の中心に立つことができ、成功を収めることができたのです。

1979年には自伝的小説『歌え、翔べない鳥たちよ』を発表し、ベストセラー作家の仲間入りを果たします。

1971年には映画の脚本と音楽を担当し、映画出演も果たし、その後も歌手、作曲家、劇作家、俳優、プロデューサー、人権運動家、ジャーナリストなど多様な分野で旺盛な活動を繰り広げました。

1993年にはビル・クリントン元大統領の要請を受け、黒人女性初の米大統領の就任式で祝詩を披露。

その後も多数の詩集とエッセイ小説を発表しており、米国ウェイク・フォレスト大学の終身教授として在職していたのです。

深いマヤ・アンジェロウの名言たち

もっとも心にささったマヤ・アンジェロウの名言5選(英語)

1.
気に入らないことがあるならば、それを変えなさい。
変えることができないならば、それに対するあなたの見方を変えなさい。
文句は言わぬように
If you don’t like something, change it.
If you can’t change it, change your attitude.
Don’t complain
2.
最高を望みながら、最悪に備える。
そしてその中間にある物事に驚かぬよう
Hoping for the best, prepared for the worst,
and unsurprised by anything in between
3.
みんなはあなたが言ったことを忘れてしまう。
あなたがしたことを忘れてしまう。
だけどあなたに対して抱いた感情を忘れることはないでしょう
People will forget what you said,
people will forget what you did,
but people will never forget how you made them feel
4.
多様性の中には、美しさと力強さがある
In diversity, there is beauty and there is strength
5.
成長する人間は本当に少ない。ほとんどの人はただ歳を取るだけ。
車を持ち、クレジットカードを大切にし、結婚して家庭を持つ。
人はこれを成長と呼びます。でもそれは歳を重ねているだけ
Most people don’t grow up. Most people age.
They find parking spaces, honor their credit cards, get married, have children, and call that maturity. What that is, is aging

引用:machikado-creative

まとめ

いかがでしたか?

マヤ・アンジェロウさんの人生そのものも素晴らしかったんですが、名言がずっと頭の中に残っていて感銘を受けました。

筆者は笑ったりするのがちょっと苦手だったのでこの名言が一番心に響きました。

マヤ・アンジェロウさんの名言
「出来る限り笑おう。いつも笑おう。それは自分のためにできるたった1つの素敵なこと、誰かのためにもできる最高の事。」

上記で紹介した名言は短文でありながらもその内容は時代や世代、人種を超えてこの地球上すべての人類がもう一度心に聴かせるべき内容ではないでしょうか?

今の若者たちにぜひ読んでもらいたい。

ベストセラーにもなったマヤ・アンジェロウさんの自伝

〈生きる〉ことを高らかに歌い上げ、多くの女性に勇気と誇りを与えた驚異のロングベストセラー、待望の復刊!
両親の離婚、子供だけでの列車の旅、祖母による養育。
白人と黒人が住み分かれていたアーカンソー州の小さな町でも、人種差別は機会あるごとに、ひときわ強い屈辱となって少女の前には立ち現れずにはいなかった。
八歳での家庭内レイプ、分身のような兄との別離、文学への傾倒、性の目覚め・・・
黒人ゲットーに暮らす少女の自己形成の軌跡を瑞々しく描く最初の自伝。

著者マヤ・アンジェロウについて

Maya Angelou 1928年生まれ。
詩人、作家、人権活動家。
両親の離婚後、アメリカ南部アーカンソー州の田舎町で、祖母に育てられる。
8歳のときに母親の愛人にレイプされ、幼いながらもその裁判の証言台に立たされた。
17歳で未婚のまま、同世代の少年の子を出産。
その後、幼い息子を抱え、ウェイトレス、ナイトクラブの歌手、 ショー・ダンサーなどの職を転々とする。
一時は娼婦になった時期もある。
50年代半ばより、キング牧師のもとで黒人公民権運動に身を投じ、 60年代は、自己のルーツを求め、アフリカのガーナに渡り、ジャーナリストとして活躍。
帰国後、自伝『歌え、翔べない鳥たちよ』がベストセラーになり、 その後、自伝・小説の執筆、映画の脚本・演出、詩作と、精力的な活動を続けた。
1993年、ビル・クリントン大統領の就任式で自作の詩「朝の鼓動に」を朗読し、 1995年10月にはワシントンでの100万人黒人大行進でスピーチを行った。
2011年、バラク・オバマ大統領より大統領自由勲章を授賞。
2014年5月28日、86歳で死去。

引用:歌え、翔べない鳥たちよ ―マヤ・アンジェロウ自伝―